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《社長コラム》ぎょうだ終活大学 卒業式を迎えて

2014年12月3日
《社長コラム》ぎょうだ終活大学 卒業式を迎えて

今年も流行語大賞が決まったようである。
そして思いおこすのが
「終活」という言葉がここでノミネートされたことだ。

あれから早2年経つ。
そのころから全国で「終活」を冠したイベントや専門家、
はてはその専門家を認定する資格制度がいくつも登場してきた。

かくゆう弊社も2年前から、
老い支度を整えることを目的に「終活教室」を独自に展開。
そして昨年の10月には、行田市の後援をうけ「終活フェア」なるイベントを開催。
埼玉県北部では初めての大きな終活イベントということで、注目とたくさんの来場者、そして反響を頂いた。

その頃には、終活に対する一般消費者の意識が変わってきたな、という感触があった。
人生の終焉に向けて行う活動――終活という言葉が世間一般に広まるようになってすでに久しい。
メディアでも取上げられ、不祝儀業界が沸騰しているうちに、巷の解釈も少しづつ変わってきたように思われたのだ。
当初は「残された人に迷惑がかからないように、身辺整理をしておく」という、
どちらかというと、「やっておかなくてはならない」ことばかりが強調されていた終活。
時間が経過するうちに、今は、人生の幕引き準備というよりも、
自分自身の棚卸しをして今後をより豊かに生きるための活動という捉え方になってきたようだ。

そこで一方通行な終活イベントではなく
参加した人たちが互いに交流し、親睦を高めることができる時間と場所、
つまり終活をシェア(共有)できる機会をつくることが
地元の企業の役目なのではないかと思いいたり
今年は「終活大学」を開設し、1年間展開してきた。
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人が終活を、つまり死を意識したときのきっかけは今でも同じ。
「誰にも迷惑をかけうずにポックリと逝きたい…」
自分の死を考えるとき、多くの人が願う。
遺された私物の処分に迷惑をかけないように、
まずは生前に身辺整理から始める。
やがて自分自身の過去の私物を整理してうちに、
過去の出来事や、出会ってきた人たちを思い出す。
自分の人生のなかで培われてきた縁や絆に思いをはせているうちに、
自然と感謝の気持ちが湧いてくる。

終活は自分自身のためでもあるが、
自分に何かあったとき、
遺された家族や地域の人たちへの愛情、
思いやり、感謝の気持ちを表すきっかけになる。
自分自身の老い支度を備えつつ「終活を楽しむ」「あらたな人生を考える」。
・・・終活に対する意識が変わり広がっているのは、そのような理由なのではないか。

終活は「遺された家族に負担をかけないように」ということだけが目的ではなくなった。
もちろん、自分の死後、遺された家族に負担をかけないように考えることも大切な終活のひとつといえるが
終活は死に正面から向き合い、今の「生」の時を、より豊かに活き活きと過ごす、というとても前向きな考え方だ。
そして家族や周囲に方に「生きているからこそ、想いを伝えることができる」。
誰にも迷惑をかけない、という死ではなく、
縁のあった人ったちから温かく、見送ってもらえる死こそ、
終活の目的といっていいのではないだろうか。
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最後となる終活大学。今回は卒業式も兼ねている。
記念すべき最終講座では、行田市佛教会会長であり、
曹洞宗長光寺の福島住職を迎える。
そして、老いと死に向き合うことで、今やるべきことを丁寧にやっていく、という生き方を学ぶ。

毎回終活大学に参加されていた方たちも
今でははすっかり仲良くなり、個人的に交流が始まっている方もいる。
皆さん、明るくて元気な方ばかりだ。
今回をもって卒業となり、ぎょうだ終活大学も解散することになる。
寂しい感もするが、来年からはまた違った方針の展開を企画中だ。
行田の皆様が、そして家族の方々が
より心豊かに暮らしていくことを願った事業を継続していくことは
地元の企業の使命と思っているので、
期待して頂きたい。

最後の終活大学、このときに新しい展開も発表する予定。
ぜひ行田の多くの方にお越し頂きたいと願っている。

ぎょうだ終活大学
12月13日(土)午後2時から3時
ファミール行田〔駅前ハウス〕

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