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お葬式と終活の豆知識

【行田市のお寺情報】江戸時代の貴重な三重塔が引き継がれている成就院

2021年4月15日

(株)ヨコカワのスタッフが、行田市内の寺院を訪問し取材し発信していく【行田市のお寺情報】。今回は、成就院を紹介させていただきます。

成就院 真言宗智山派 五智山

 

 

成就院は『天正年間 (1573』に敒宥和尚(ちんゆうわじょう)が開山。忍城主阿部豊後守忠秋より拝領と伝えられる葉衣(ようえ)観世音菩薩が本尊として安置されています。

 

現住職は第二十一代目新井尚義住職です。成就院の山門をくぐると左手に三重塔があります。高さは約11メートル。一間(約1.8m)四面の美しい朱色の小柄な塔です。享保14年(1729)地方の宮大工の手によって建立された非常に特色ある作りで、境内にその構造を解説しています。

 

一間四面、初重柱間一間、銅瓦棒葺の構造となっています。各層とも二手先の料栱、吹寄棰、一軒、重箱型の積み上げで、塔の中心柱は二層で止めて下に降ろさず、内陣には須弥檀を設け、格天井を組み、花鳥の図を飾っています

 

住職に案内されて塔内に入ると、左右の壁板には解説のとおり牡丹・唐獅子が描かれて、荘厳な雰囲気を醸し出しています。

享保時代の強い観音信仰を背景に建立されたものと思われ、江戸時代の三重塔は県内には、吉見町の安楽寺、川口市の西福寺とこちらの三基のみでいずれも県指定有形文化財です。現在の本堂は現代の日本を代表する宮大工(小川三夫氏)の弟子が手掛けて、平成11年に完成したとのこと、細かな技術が引き継がれている様子が見てとれました。 

 

塔の由来

 

塔内本尊「葉衣観音」様は、昔、忍城主阿部豊後守忠秋公の帰依仏であったと伝承されています。塔は、補陀閣(観音様をお祀りする塔)として、享保時代の強い観音信仰を背景に建立されたものです。

この塔は一地方寺院が地方宮大工の手で建立した珍しい塔です。心柱が二層で止めてあるのも特殊な構造で、四年前の東日本大震災にも耐えられた地震に強い構造になっています。心柱のてっぺんにある輪(宝倫)は、9つあり、輪の下のところはお骨を祀る部分とも言われています。

佛塔の歴史

もともと佛塔はお釈迦様のお骨を埋葬した墓(スツーパ・卒都婆・卒塔婆)が起源です。土まんじゅうの様式は周辺に伝わり、

北方へは中央アジアを経て、中国に伝来し木造楼閣型となり、さらに朝鮮を経て、飛鳥時代日本に渡来して日本的な塔となって、今日に及んでいるのです。塔は三重塔・五重塔・多宝塔が一般的です。

子育て観音

塔内には、葉衣観音様と一緒に、子育て観音様もお祀りしています。昔から、我が子の健全な成長を願ってお参りする人々は〝櫛の歯を挽くが如く〟たえなかったと伝えております。両観音様は、脇寺の胎蔵界・金剛界両界五如来様に護られて、誓願をかなえてくださいます。

取材を終えて帰る際遠くから塔全体を見ると、かわいらしさと深みがでていました。

真言宗 成就院

行田市長野

℡048-559-0360


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