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お葬式と終活の豆知識

【行田市のお寺情報】別名「俳句寺」と呼ばれる長光寺、その理由とは?

2021年4月14日

(株)ヨコカワのスタッフが、行田市内の寺院を訪問し取材し発信していく【行田市のお寺情報】。今回は、利根川のほとりの長光寺(ちょこうじ)を紹介させていただきます。

長光寺 曹洞宗松雲山

かつてはこの付近に「須加城」という忍城の支城があり、忍城主成田氏長の妹は、当時の須加城代の妻でありました。しかし須加城は、映画にも描かれている通り、忍城目指して破竹の勢いで攻め上がってくる石田三成率いる豊臣軍によって、館林城、川俣城に続いて落城されてしまいます。

 

須加城落城後の文禄2年(1593)4月、長光寺は上野国利根郡池田村(群馬県沼田市)龍華院第15崇山奬大和尚によって、須加城跡地付近である現在の地に開創されました。利根川堤防のすぐ下、隣には須加小学校があり、堤の上からは境内が一望できます。

 

 

平成8年、開山400年に本堂を改修。そして本堂内には本尊の釈迦牟尼仏の他に、金色に輝く千手観世音菩薩像が存在します。

 

平成14年には本堂裏に開山堂の改築、そして今年は鐘楼の改築を実施しました。また鐘楼の手前の松の木は、阿部氏が忍城主を勤める時代の頃からのもので、それを示す石碑があります。

 

近年は、隣接する農協の米蔵を、「石ノ蔵 空華」として改築。俳句会や大晦日のコンサート等、様々なイベントが行われる会場となっております。

 

この寺に眠る川島奇北は、県会議員、旧須加村の村長を経た後、正岡子規の門弟となり、埼玉県内の俳誌のほとんどを指導してきた埼玉の明治俳壇三傑の一人。県会議員や村長時代は、この地域の護岸工事等に尽くしてきました。

 

そんな奇北を顕彰し毎年「奇北忌俳句大会」が開催されますが、この大会の最優秀作品の俳句が、参道の両側に並ぶ灯篭の下に石碑に刻まれ並びます。

 

それ故に、この寺は別名「俳句寺」とも呼ばれています。俳句を趣味にしている方にとって、自分の俳句が碑になるのは夢でしょうね。

 

 

本堂の奥へ進むと、平成14年に建立した「開山堂」に入ります。現在増えつつあるロッカー式の納骨堂、そして行田の仏像彫刻家「しゃかりき堂」さんの製作した仏像は必見です。

 

そして境内に何やらガラス張りの展示小屋を発見。中には人力車のような物が展示してあり、住職に尋ねると、これは手引きの霊柩車で、まだ土葬の時代に実際使用したものだそうです。

 

葬列を組んでこの「棺車」を転がした古からの葬儀は、平成の時代になってすぐに1度だけ行って、それが最後となったそうですが、意外に最近まで行っていたので驚きました。

 

現住職は福島伸悦氏。10年ほどアメリカで布教活動を行い、またその間全米アマチュアダンス選手権チャンピオンに輝くなど、素晴しい経歴の持ち主ですが、この経験でお寺の役割を再認識したそうです。

 

最近の地域間、そして家族間の希薄になった人とひととの繋がりを、取り戻す中心にお寺はなるべきであり、地域社会により関わっていくべきと考えてらっしゃいます。

俳句大会や大晦日のイベントもその一例で、お寺を「公共的聖空間」と位置付け、もっともっと地域の人が集まる場所とするため、日々邁進しています。また、最近は著書を上梓。「隋流去」(MOKU出版)人生をより豊かにして頂ける一冊です。

曹洞宗 長光寺

埼玉県行田市大字須加4621

電話048-557-2591


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