• Home
  • お葬式と終活の豆知識

お葬式と終活の豆知識

【行田市のお寺情報】国道125号線から見える大仏様が有名!浄土宗・大長寺

2021年3月28日

(株)ヨコカワのスタッフが、行田市内の寺院を訪問し取材し発信していく【行田市のお寺情報】。今回は、行田市行田(下町)の大長寺(だいちょうじ)を紹介させて頂きます。

浄土宗 大長寺 亀通山行田院

大長寺といえば、国道125号線から大きな背中が見える、大仏様が有名ですが、現在の大仏様は平成八年に再建されたものです。

 

以前の大仏様

以前の大仏様は、江戸時代、当時の忍藩主阿部豊後守家から当家の菩提寺という縁もあり、享保年間に寄進されたものでした。しかし、先の大戦で梵鐘とともに供出されてしまったそうです。現在の大仏より、ひとまわり小さかったといいますが、壮麗で厳かな露座の大仏でありました。

 

また、大仏様の前に大仏様を崇拝するかのように、様々な石像がありますが、中には「ドラえもん」など皆様おなじみのキャラクターの石像も窺えます。

山門入り参道のすぐ右側に、足元に白い塩が盛られた御地蔵様が祀られています。1600年頃の建立といわれるこの「塩地蔵尊」は、遠い昔より、人々の様々な悩みや願い事を有り難い御慈悲によってお救い下される御地蔵様として大変評判です。人々はお参りの際や救われたお礼の際は、塩を手向けお礼をしたので、御足元が塩の山になりました。

元亀、天正の頃、京都知恩寺第29世岌善上人が奥州方面に巡教された際、斎条村の農家、原口与左衛門とその一族の帰依を受け大長寺を建立し、その後前述の通り忍藩主阿部家の菩提寺となり全盛を極めました。

現在の本堂は昭和58年に新築。鉄筋コンクリート造り二階建て。大長寺の本堂は長い歴史の中で度々火災に遭い、特に明治初年(1868)の火災では貰い火で全焼。数ある寺宝のほとんどが残念ながら焼失、散逸に。当初の露座の大仏や梵鐘は戦争で供出してしまいました。その為、忍藩主阿部家の菩提寺という往時を偲ばせる貴重なものが数少なくなってしまったそうです。

そのような状況の中、文政二年(1819)千重姫君寄贈、狩野重政筆の「涅槃図大掛け軸」は大変貴重です。掛け軸の幅は両手を広げた幅よりも広く、色も鮮明に残されています。

 

御本尊前の法事会場には、各座席前にひとつずつ木魚が置かれています。

柱には「よろしければ木魚を御一緒におたたきください」の案内が貼られており、法事の際には参列者全員が、御住職の読経に合わせ木魚を鳴らすそうです。御住職の粋な計らいなのか、中には蛙の形をした木魚(?)も幾つかあります。大長寺に法事に来られた方は、この御茶目な蛙の木魚を見つけて、たたいてみてくださいね。

浄土宗 大長寺

埼玉県行田市行田23-10

電話048-553-0466


閉じる